「蒲郡のテーマパーク「ラグナシア」の事故を起こした突風について」


2008年7月28日 


 2008年7月28日、午前11時30分ごろ、愛知県蒲郡市にあるテーマパーク「ラグナシア」で、小さな子どもが遊ぶ遊具が、突風であおられて、3人の子どもがけがをする事故が発生した。突風とは「急に吹く強い風で継続時間の短いもの」と気象庁は定義している。突風はさまざまな気象に伴って発生する。代表的なものは竜巻、ダウンバースト、ガストフロント、塵旋風、おろし風などの地形に関係する風、ビル風などがあげられる。突風の原因やメカニズムは多様なので、発生後にそれを特定することは容易ではない。突然発生するこのような現象については、特別な観測がないのが通常で、原因の特定のためには気象状況を分析して状況証拠から推定するしかないのである。

 上記の事故が発生したときの気象状況を調べた。天気図からこのとき前線が東海地方北部を北西から南東にのびていたことが分かる。午前11時20分の気象庁レーダー画像は、それに沿って発達した積乱雲が列をなしていたことを示している。特に南端端では発達した積乱雲がみられる。しかしながら、事故の発生した時刻、午前11時30分の画像には、蒲郡周辺に発達した積乱雲に伴う降水は観られない。わずかに弱い降水が点のようにあるだけである。このことから竜巻は考えにくい。日射の強い時期・時刻だったので、塵旋風の可能性がないわけではないが、塵旋風が遊具をあおるほど強くなることは通常あり得ない。蒲郡の北側には山があるが、積乱雲が発達しており、おろし風が起こる気象状況にはない。突風の原因として、ダウンバーストに伴うガストフロントが最も有力だが、それをもたらすような積乱雲は事故発生時には蒲郡の北側数10kmの遠方にあった。

 ダウンバーストに伴うガストフロントは、数10kmも伝播することがある。しかしながらこれに伴う風速は一般に距離と共に弱まる。ガストフロントが発生していたとすると、地上気象観測データにそのシグナルがみられるはずである。実際、蒲郡の地上気象データを見ると11時30分頃を境にして、10度以上の気温の低下がみられることから、ガストフロントが通過したことが分かる。蒲郡の北側、すなわち積乱雲列がある側に位置する岡崎の地上気象観測データを見ると、11時20分頃を境にして、気温が約35度から23度にまで低下している。またこの時刻の瞬間最大風速は14m/sである。これらのことは上記の積乱雲列からダウンバーストが発生し、地上にぶつかった風が水平に広がりガストフロントを形成して、岡崎を通過し、蒲郡に達したことを示している。

ここまでは観測事実に基づく、“事実”と考えてよい。ではこのガストフロントが事故の原因かというと、答えはNoである。なぜなら、事故発生時の蒲郡観測点の瞬間最大風速は8.5m/s程度で、この程度の風速の風が遊具を持ち上げたとは考えにくい。それでは原因は何だろう。ここからは推論である。11時40分の気象庁のレーダーをみると、30分にみられた点のような降水が蒲郡付近で、大きさは小さいものの強度が強くなっている。これは新しい積乱雲の発達とみてよい。ガストフロントではこのような積乱雲が次々と発達することがある。実際、この時刻には上記の積乱雲列の南側には近畿地方から東海地方にかけてそのような積乱雲の発達がみられる。このような積乱雲も同じようにダウンバーストを発生する可能性がある。すなわち蒲郡の事故を起こした突風のメカニズムについて、次のような推論ができる。まず北側にある積乱雲列から発生したダウンバーストが地上で発散し、その先端であるガストフロントが蒲郡付近に到達し、新たな積乱雲を発生させた。次にその積乱雲が蒲郡付近で同じようにダウンバーストを発生させそのガストフロントが事故を起こした。このとき上空は北西の風であったので、ガストフロントは南東や南向きに強いはずである。報道にはなかったが、遊具は南または南東方向にあおられたと推測される。

 この事故が発生した7月28日には、福井のイベント会場で突風により、死傷者がでた。また、神戸の都賀川で児童を含む5人が、突然の増水に流されるという痛ましい事故が発生した。これらをもたらした原因は発達した積乱雲である。一つひとつの積乱雲の寿命は1時間程度で、その発達は極めて急速である。積乱雲は大気が不安定なとき、特に下層に水蒸気が、上空に寒気が入り込んだときに激しく発達する。このようなときには突風や突然の局地的な豪雨に注意が必要である。


(2008年8月19日)



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