HyARC News No.3: 最近の研究から

「雲解像数値気象モデル CReSS」

坪木和久
(名古屋大学地球水循環研究センター)





 もし地球大気に雲がなかった、地球の水循環はどうなるだろう。海面から蒸発し た水蒸気はやがて大気中に拡散し、ある高さまで過飽和で一様になった水蒸気は 他の大気組成分子同様あまり変動しなくなる。海面でのわずかなフラックスを除い て、地球水循環はほとんど水蒸気が流されるだけになるであろう。雲は水を再配 分し、時空間的に集中化する。また雲はさまざまな気象をもたらし、地球の大気 と水の駆動源となっている。雲は非常に多様であり、連続体としての大気及び水 蒸気と、雲・降水粒子との複雑な相互作用でさまざまに生成消滅そして変化する。 この複雑で多様な雲について、もしすべての格子点ですべての物理量がわかれば、 その実態とメカニズム、そして役割についての非常に多くの知見が得られるであ ろう。そのことを目指して雲を可能な限り細かく解像し、可能な限り詳細に記述 できる数値気象モデルの開発を進めてきた。近年の大規模コンピューターの進歩 はめざましく、20世紀の終りに至っては、その理論性能はテラFLOPS、主記憶は ギガバイト、ストーレージはテラバイトに達するようになった。21世紀初頭には これまで考えられなかった超大規模計算が可能になる。この計算機能力を使って、 雲の大規模数値計算を実行することを目指したものが、ここに紹介する Cloud Resolving Storm Simulator (CReSS)である。

 雲の形成や発達は、大気の力学過程とその中で起こる雲物理学過程との複雑な非 線形相互作用によって決まる。このため雲・降水の研究及びその応用としての局 地気象予報には雲の数値モデルが不可欠である。しかしながら細かい計算格子と 雲や降水についての多くの従属変数を必要とする雲のモデリングは、非常に大規 模なものであり、並列計算が不可欠である。CReSSは雲スケールからメソスケー ル(中規模)現象のシミュレーションを行うことを目的としており、大規模並列計 算機で効率よく実行できように設計されている。このため非常に高い空間解像度 で大規模な計算ができる。基礎方程式系は非静力学・圧縮系、計算は3次元領域 で地形を含むもので、固体降水を含む詳細な雲物理過程、乱流、地表面過程、地 温の計算などの物理過程を含んでおり、コントロールされた条件を与えて理想的 な数値実験を行えるだけでなく、粗い格子のモデルにネスティングして予報実験 も行なえる。

 図1は1999年9月24日、東海地方で発生した竜巻のシミュレーショ ンの結果である。この竜巻の親雲の積乱雲にはフック状エコーやヴォールト構造、 強い渦度を持つメソサイクロンが観測され、スーパーセルの特徴を示していたが、 CReSSはその積乱雲の観測的特徴をよく再現した。シミュレーションされた竜巻はこの スーパーセルの上昇流の最も強いところで発生し、スーパーセルとともに移動 した。図は竜巻に伴う渦度を可視化しており、高度500mでは渦度が中心で 0.5/s以上で、直径が300〜400mの渦がみられる。渦の中心には負の気圧偏差があ り、速度場がこの気圧偏差と旋衡風バランスをしていることが分かる。このシミュ レーションでは高い水平解像度で広い3次元領域(45×45km)をとり、水平スケー ルが2桁も異なるスーパーセルと竜巻を同時に、CReSSはシミュレーションできる ことを示している。

 CReSSは実際の気象現象のシミュレーションを、現実的な初 期値と時間変化する境界値を与えて行なうことができる。その応用として局地予 報モデルとして利用することができる。計算領域はたとえば中部地方程度の領域 で、予報時間は12〜24時間程度が想定される。近年の急速なCPUの発達により、格子 間隔が数キロメートルの予報が可能になりつつある。 これまで台風、梅雨、雷雨、降雪などについてのシミュレーション実験を行なってき た。図2は2001年8月に東海地方に接近した台風の実験で、初期には計算領域外に ある台風が、境界を通って計算領域に入り込み、計算領域内では実際に観測され た降雨帯が形成され、さらに領域から境界を通って台風が出ていく様子がよく再 現された。これはCReSSが現実の現象をよくシミュレートし、予報モデルとして も利用できることを示している。現在、CReSSを毎日実行して、日々の天気のシ ミュレーション実験を行なうことも計画中である。 CReSSには MPIを用いた並列版と単一CPU用の逐次版が用意されており、PC-UNIXから大規模 計算機までほとんどの計算機で実行を確認している。雲のシミュレーションだけ でなく、環境流体の数値計算など幅の広い利用が可能である。

図1:竜巻のシミュレーションの3次元表 示。カラーは地上の温位偏差で、そのスケールは右上に表示してある(単位は度)。 煙状にみえる濃淡が渦度の強さで、白いところほど強い渦度を示す。左上のイン ディケーターは初期時刻からの経過時間を表しており、単位は分である。(3D-CGは(株)シーティーアイ作成。)




図2:2001年8月21日、東海地方に接近する 台風11号のシミュレーションの3次元表示。カラーは地上気圧(Pa)で、青い部分が台風中心である。白色は雲を表しており、濃いグレーは降水粒子の分布。右下のインディケーターは初期時刻からの時間で、単位は時である。


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