「一般気象学」第2版


小倉義光著 
東京大学出版会


(海洋学会誌に掲載されたものを改訂したもの)

 ここに紹介します「一般気象学」第2版は、その旧版が22刷を重ね5万部近くも 出たという気象学の教科書として不朽の名著です。気象学を本書旧版で勉強し 何度となく読み返した私としては、今回この第2版が出版されたことをたいへ んうれしく思います。気象学を学ぶ人は言うまでもなく、一般の方、気象学以外の分野の人にも是非よんでいただきたい一冊としてここに紹介したいと思います。

 本書の第2版が出版されて、あらためて旧版と第2版の両方を読んでみました。 章だての概略は新旧ともに、大気の地学的側面から始り、大気の鉛直構造、熱 力学、降水過程、放射、力学、大規模な運動、中小規模(メソスケール)現象、 中層大気、そして気候の変動となっています。著者も第2版まえがきで述べら れていますように特に内容が大きく変わったのは、章の題名を「中・小規模の 運動」から「メソスケールの気象」とした第8章と気候変動の第10章です。こ れらの二つの章は、旧版出版以降にそれらの分野において様々な発展があり、 第2版ではそれを詳しく取り入れて、多くの部分が書き直されています。

 改訂はこれらだけにとどまるわけではありません。新旧の両方をあらためて読 むと、その内容の改訂には驚くほど多くのものがあることがわかります。たと えば水循環や炭素循環、オゾンホールに関連してオゾンの問題や温暖化の問題 などは、最近の知見に基づいて詳しくなっています。教科書とはいえ、近年 の気象学に課せられた問題について機敏に対応したものになっているといえま す。旧初版が出版されたのが1984年ですが、本書の改訂内容はこの15年間の気 象学とその周辺の変化を如実に表しているともいえます。一方で、既に定説と なっているような部分について、たとえば傾圧不安定波や間接循環についてな ど、あらためて丁寧な解説に改訂された部分も多くあります。著者は改訂にあ たって多くの人に本書についての意見を聞かれたましたが、こうしたことにそ れが反映されているのだと思います。また本書のそれぞれの部分で「課外読み 物」として参考書が紹介されています。これにより読者は本書に出てくる内容 をさらに詳しく勉強することができるように配慮されています。

 第2版では分量が15%程度増え、図も半数以上が新しいものとなっています。 引用されている図のほとんどが初版発行以降のもので、特に1990年代の後半の 図もたくさんあることから、著者が如何に情熱を持って本書の改訂をされたか ということが分かります。そうした図の中には小倉教授ご自身の論文や関係さ れた研究からの引用が多くあり、たとえば何気なくあげてある天気図も実は長 崎豪雨のものであったりして、本書が単なる通り一遍の知識の集積ではなく著者 ご自身の研究に深く根ざしているものであることが分かります。本書を注意し て読むと、気象学の現象論的説明ではなく、気象を物理の立場から解説してあ ることが分かります。それは著者の気象学に対する思想のようにも思われ、本書 が理路整然として理解しやすいものとなっている一因であると思います。

 改訂により一方で、分量の制限上削除せざるを得なかったであろうと思われる 部分もあります。たとえば初版にはあったエアロゾルの活性化の部分などは察 するにやや専門的すぎるということで割愛されています。レーダー観測の部分 が他のところに含められたり、いうまでもなく大幅な改訂のあった中・小規模 現象と気候の変動の章については旧版にしかない内容や図もたくさんあります。 これらは必ずしも新しいもので置き換えられるものばかりではなく、著者はそ れを苦心の末、割愛しなければならなかったのではないかと思われ、その苦労 がしのばれます。私はほんとうは読者に新旧両方の版を読まれることをお薦め したいところです。

 著者の書かれているように本書は教科書として「気象学を統一的に体系的に記 述すること」を目的として書かれたものです。実際、大学などの教室で使われ たり、最近は気象予報士の必読書ともなっています。しかし私の読むところで はほんとうの目的は気象学が自然科学としてあるいは学問として如何に奥深く、 興味あるものであるかということを伝えたいために書かれたものではないかと 思います。それは初版からほぼ全面的に改訂された序章に明確に書いてあり、 第2版ではその色が特に濃くなったように思われます。第2版の中でこの序章は 実は私がいちばん好きな章で、ここには著者の気象学に対する思いが凝縮して 書かれてあり、ひいては本書全体の底に流れる「気象学が如何に魅力のある学 問であるか」ということが書かれています。この章は自分が大学初学年の頃に はじめて学問に触れはじめたときの学問に対する瑞々しい感動と同じものを気 象学に対して沸き起こしてくれます。本書第2版は単に教科書として読むだけ ではなく、まず十分に序章を読んでからそれ以降の章を読まれると、著者が読 者に伝えたい気象学の魅力がよくわかるのではないかと思います。

 いうまでもなく本書は気象学の分野の人には必読の書ですが、先にも述べまし たように本書は物理に根ざして書かれたものですので、一般の方や気象学以外の分野 の人にも興味を持って読まれるものと思います。特に第2版を読むことで最近 の気象学における進歩を知ることができますので、多くの方に是非、精読をお薦めする一冊です。



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