竜巻シンポジウム
−わが国の竜巻研究の今後の課題と方向性−

「積乱雲と竜巻のシミュレーション実験」

坪木和久
(名古屋大学地球水循環研究センター・地球環境フロンティア研究センター)




5. 2006年11月7日北海道佐呂間町の竜巻

 2006年11月7日、北海道佐呂間町で国内では最も強いクラスに入る竜巻が発生した。この竜巻をもたらした積乱雲がどのようなものであるかを調べるために雲解像モデルを用いたシミュレーションを行っている。このシンポジウムのときは、まだ初期的な結果が得られただけで、竜巻そのものの再現までは至っていない。シンポジウムではその現状について手短に報告し、今後の目標を示した。

 竜巻の発生は寒冷前線の通過する少し前で、寒冷前線の東側の対流圏下層には相対湿度95%を超えるような湿った南風があり、太平洋上では850hPaで20m/s以上の風速をもっていた。一方で500hPaの高度では相対湿度50%以下の乾いた南風となっており、かなり強い対流不安定となっていたと考えられる。 気象衛星からみると寒冷前線の東側には雲の切れ間のような部分が、北北東から南南東に広がっており、これが上空の乾いた空気の進入に対応していると考えられる。竜巻を発生させた積乱雲は、この乾いた領域と寒冷前線の間に発生したようだ。

 気象庁レーダー1320JSTの画像(図5.1)では、佐呂間町付近に非常に強いセル状エコーがみられる。この対流性エコーが竜巻と関係していることは明らかである。これは発達した積乱雲と考えられるが、その時間変化を図5.2に示す。この積乱雲は1100JSTごろ、襟裳岬に近い日高山脈の南西側付近で発生し、複数のセルを伴いながら、北東進して発達し、佐呂間町付近を通過してオホーツク海にぬけ、1440JSTごろ弱まりながらレーダー探知範囲内から出ていった。セルの入れ替わりがあったが、その寿命は2時間以上に渡るものであった。

図5.1:2006年11月7日午後1時20分(日本時間)の気象庁レーダーによる北海道周辺の降水分布。北海道佐呂間町で竜巻が発生する直前の状況である。佐呂間町の位置を赤色の十字で示した。白い円はこの時刻の直後に竜巻をもたらした積乱雲のレーダーエコー。




図5.2: 佐呂間町の竜巻をもたらした積乱雲のレーダーエコーの時間変化。2006年11月7日午前11時40分から10分ごとに午後1時30分まで積乱雲を追跡して示した。横軸は経度、縦軸は緯度。


 竜巻をもたらした大気場とその中で発生した積乱雲のシミュレーションを、雲解像モデルCReSS (Cloud Resolving Storm Simulator)を用いて行った。計算は北海道を覆う領域で、水平解像度1kmで11月7日0900JSTの気象庁領域モデル出力値を初期値として6時間の計算を行った。寒冷前線に沿う強い降水とその東進は概ね再現された。その東側、日高山脈南部付近積乱雲の群の発達がみられた(1200JST)。その積乱雲群は北東方向に移動し1330JST頃、その中のひとつが発達して佐呂間町付近に達した(図5.3)。シミュレーションの結果はほぼ場所と時刻が観測されたものと対応していた。この解像度ではシミュレーションされた積乱雲はスーパーセルといえるほど十分な渦度にはならなかったが、観測されたように比較的寿命の長い積乱雲であった。

図5.3:雲解像モデルCReSSを用いて行った水平解像度1kmでの予報実験の結果。地上の降水強度(カラーレベル;mm/hr)と地上の風向・風速(矢印)。矢印の色は湿度で、暖色系ほど湿った空気を表す。黒の十字が佐呂間町の位置。赤い楕円のところに、竜巻をもたらした積乱雲が予報されている。


 図5.3の佐呂間町付近に達した積乱雲の東西断面を図5.4に示す。積乱雲は高度9kmに達するほど発達したもので、強い上昇流をその東側にもっていた。この上昇流は下層1.5km以下の東風成分を持つインフローに伴って発生したものである。また、この上昇流内には0.008/s程度の渦度が存在した。

図5.4:図5.3の楕円内の積乱雲の東西鉛直断面。カラーは降水粒子の分布、等値線は渦度。


 1km解像度のシミュレーションの結果を初期値・境界値として与え、解像度250mのシミュレーションを行った。この結果はまだ十分解析されていないので、初期解析の結果のみを示した。図5.5は7日12時20分に対応する結果で、十字で示した佐呂間の南に積乱雲が再現されている。この時刻では複数の対流セルがみられる。この250mの結果を初期値・境界値として、図中の黒枠の領域で水平解像度70mのシミュレーションを行った。

図5.5:雲解像モデルCReSSを用いて行った水平解像度250mでの予報実験の結果。時刻は11月7日12時20分。地上の降水強度(カラーレベル;mm/hr)と地上の風向・風速(矢印)。矢印の色は湿度で、暖色系ほど湿った空気を表す。黒の十字が佐呂間町の位置。図中の黒い枠が75m解像度の実験の計算領域。


 解像度70mのシミュレーション実験もまだ初歩的な段階で、その結果の解析についても初期解析のみを示した。図5.6は水平解像度70mのシミュレーションの結果を、高度0.6kmについて水平表示をしたものである。ひとつの積乱雲が図中の上半分に計算されており、その南東部に強い降水がみられる。この計算領域では下層が南東風となっており、これが積乱雲に水蒸気を供給するインフローとなっている。この積乱雲の南東部に小さな渦度の集中がみられる。図中の白円で示したところである。ぞの拡大図を図5.7に示した。中心の渦度は0.13/sで東西方向のスケールは300m程度である。これは十分な精度で旋衡風バランスが成り立っていないので、竜巻というには弱い渦である。また、この渦が佐呂間町の竜巻に対応するわけでもない。ただ、ここでシミュレーションされたような積乱雲でも、竜巻スケールの渦度の集中を形成することができることはわかる。これは計算の精度を高めていくと、このような積乱雲が竜巻を発生させる可能性をもっていることを示唆するものである。

図5.6:雲解像モデルCReSSを用いて行った水平解像度70mでの予報実験の結果。時刻は11月7日12時44分。地上の降水強度(カラーレベル;mm/hr)と地上の風向・風速(矢印)。矢印の色は湿度で、暖色系ほど湿った空気を表す。図中の円内に渦度0.1/s以上の集中した渦がある。




図5.7:図5.6の円で示した付近の拡大図。等値線は渦度、カラーは雨水混合比(g/kg)。中心の渦度0.13/sの渦が形成されている。


 ここに示した高解像度の実験(水平解像度250mや70mの実験)の結果は、まだ初歩的な実験の結果で、現在の段階では佐呂間町の竜巻はシミュレーションされたとはいえない。また、今後の計算の結果によっては、ここに示した結果が修正されていく可能性は十分残されている。ただ、ここに示した結果は、雲解像モデルを用いた高解像度のシミュレーションで実験の精度が十分高くなれば、佐呂間町の竜巻をシミュレーションできる可能性を示した点が意義がある。