竜巻シンポジウム
−わが国の竜巻研究の今後の課題と方向性−

「積乱雲と竜巻のシミュレーション実験」

坪木和久
(名古屋大学地球水循環研究センター・地球環境フロンティア研究センター)




4. 2006年9月17日宮崎県延岡市の竜巻の予報実験

 2006年9月17日に宮崎県延岡市で発生した竜巻は、台風の接近時に発生したという点で豊橋の竜巻と共通する点が多い。これらの竜巻発生時の台風を気象衛星(図3.1)の雲画像から比較すると、どちらの竜巻も台風の中心が、西側の遠くにあるときに、台風のもっと外側の雲帯(外域帯;outer rainband)で発生したことがわかる。台風の東側では、低気圧性循環に伴って、南側からの水蒸気の供給が多い。新野先生、小林先生の報告にあったように、台風の東側象限で竜巻が発生しやすい。これらの例はその典型的なもと考えられる。また、小林先生の報告にあったように、このとき台風に伴って発生した竜巻は、延岡市の竜巻だけではなく、九州から四国にかけて多数の竜巻が目撃されている。これらの竜巻について、次の点を明らかにするために、雲解像モデルCReSSを用いて予報実験を行った。 ここで「予報実験」とは、実際の地形や海面水温をあたえ、現象の発生する時刻より前の時刻の大気の状態(温度、湿度、気圧、風向・風速)を実際の分布のように数値モデルに与え、実際の現象を予報するのと同じように数値モデルを実行することを云う。また、予報実験で竜巻が発生したかどうかは、「はじめに」でも述べたように、竜巻の定義を「遠心力と気圧傾度力のバランス、すなわち旋衡風バランスが極めて高い精度で成立している大気の渦」として、これを満たしているかどうかで判断する。

 竜巻が発生したときの台風に伴う雲・降水システムはどのような特徴を持っていたかが、雲の特徴については図3.1の衛星画像から、降水の特徴については図4.1の気象庁レーダーからわかる。9月17日14JST(日本時間)には、台風0613号に伴う外域帯が延岡の真上にあった。図4.1からわかるように、外域帯は発達した対流セル(積乱雲)で構成されており、竜巻発生時には強い降水をもたらす積乱雲が延岡上空を南から来たに通過していた。このような積乱雲はしばしば竜巻をもたらすことがある。小林先生の報告にもあったように、九州で起こった多数の竜巻は、この外域帯(レインバンド;降雨帯)が通過したときに発生した。

図4.1:気象庁レーダーから得られた台風0613号に伴う降水分布(mm/hr)。図の時刻は2006年9月17日14時(日本時間)で、延岡市で竜巻が発生した時刻に近いものである。


 雲解像モデルCReSSを用いた予報実験は、気象庁領域モデルRSM(データ解像度40km)を用いて初期値・境界値を与えて、水平解像度500mで行った。計算領域は台風全体が含まれる程度に広い領域で、計算は地球シミュレータを用いて行った。結果は台風全体の降水分布や流れの場の特徴をよく表現した。図4.2はその結果得られた降水と速度場の分布である。台風の中心が、鹿児島県西方海上の東経128.5度付近にあり、九州から奄美大島の東側には南北に弧状にのびる複数の降雨帯がシミュレーションされている。表示の時刻は17日午後2時で、延岡(図中の赤色の十字)で竜巻が起こったときで、予報実験でも延岡を北西から南東に発達した降雨帯が延びている。

図4.2:雲解像モデルCReSSのシミュレーション(水平解像度500m)から得られた台風0613号。カラーレベルは高度1.9kmの雨水の分布、矢印は風向・風速で、その色は湿度。暖色の矢印ほど湿度が高いことを表す。赤の十字は、延岡の位置。


 図4.3は17日、午後1時40分のシミュレーション結果の拡大である。カラーは雨の分布を、十字が延岡の位置を表す。宮崎県沖に発達した積乱雲が列をなして降雨帯を形成しているようがわかる。図中の矢印は地上の風の分布で、積乱雲の列を境にして、北側では南東風、南側ではそれよりも南風成分が強くなっていることがわかる。降雨帯を形成する積乱雲の列は、風の変化するライン(収束線あるいはシアーラインという)に沿って形成されていることがわかる。この図中の赤四角の領域を拡大して、図4.4に示す。

図4.3:雲解像モデルCReSSのシミュレーション(水平解像度500m)から得られた、宮崎県東海上の台風0613号に伴う降雨帯。カラーレベルは高度2kmの雨水の分布、黒い等値線は渦度で、メソサイクロンを表す。矢印は地上の風向・風速。赤の四角形は、図4.4の表示領域。


 降雨帯を形成する積乱雲を拡大すると(図4.4)、積乱雲がその南端部に、スーパーセルの特徴であるフック状(釣り針状)構造を持つことがわかる。黒い等値線は、渦度を0.01/sから0.01/s毎に描いたものである。積乱雲のフック状エコーのところに、最大渦度が0.03/s程度のものがあり、ここには上昇流がある。スーパーセルは「上昇流のあるところに渦度0.01/s以上の渦度を持つ積乱雲」と定義されるので、これらの積乱雲はスーパーセルで、その南端部に渦をもっていることがわかる。この渦はメソサイクロンと呼ばれる。この積乱雲と1999年の豊橋市のスーパーセルを比較すると(図中左下)、降水の形状やメソサイクロンなどの特徴が共通していることがわかる。宮崎県沖に形成されている降雨帯は、スーパーセルの列で構成されていたといえる。

図4.4:図4.3の赤の四角形の拡大図。表示内容は同じ。台風の降雨帯を構成する積乱雲内にメソサイクロン(黒い等値線)があり、その付近の降水分布にスーパーセルの特徴であるフック状(釣り針状)構造がみられる。比較のために豊橋の実験(3章参照)でみられたスーパーセルを左下に示した。形状とスケールがほぼ同じであることがわかる。図中の横線は図4.5の鉛直断面の位置を示している。


 スーパーセルの特徴をみるために、スーパーセルの南部にあるメソサイクロンの中心を東西方向にきる鉛直断面を図4.5に示す。鉛直断面では20m/s以上の強い上昇流があり、そこに降水のボールト構造(丸天井構造)がみられる。上昇流の中心は高度2.5km付近にあり、降水の高さは5km程度で、比較的低い対流セルである。この上昇流と対応して、正の渦度がみられる。その最大値は0.03/sである。その西側には負の渦度がある。東西断面内の対流セルに相対的な流れをみると、下層の500m以下のに東からのインフローがあり、これが水蒸気を供給している。対流セルの上端には東に向かうアウトフローがある。

図4.5:シミュレーションで得られたスーパーセルの東西鉛直断面。図の時刻は2006年9月17日13:40JST(日本時間)で、断面の位置は図4.4に示した。(a)カラーレベルが降水(雨、雪、あられの総和)の混合比(g/kg)、等値線が鉛直速度(m/s)、(b)渦度(/s)とこの断面内のセルに相対的な速度ベクトル(矢印)。


 台風の降雨帯を構成するスーパーセルを水平解像度75mでシミュレーションし、その中に竜巻が形成されるかどうか、形成されるならば、セルのどこに、どのような構造を持つものが形成されるのかを調べた。計算領域内にはいくつかのスーパーセルがシミュレーションされたが、そのうちのひとつが強い渦を伴っていた。図4.6はそのスーパーセルの高度200mの水平断面で、雨の分布を表している。スーパーセル南部のフック状構造(釣り針状構造)がより明瞭である。図のひとメモリは5kmなので、スーパーセルは東西方向に10km、南北方向に25kmの大きさであることがわかる。このスケールの図ではわかりにくいが、赤い円で示したフック構造のところに竜巻が発生している。この部分を拡大したのが次の図である。

図4.6:水平解像度75mのシミュレーションで得られたスーパーセルと竜巻の高度200mの水平表示。図の時刻は2006年9月17日14:00JST(日本時間)で、図の表示領域は宮崎県東方海上である。カラーレベルは雨水混合比(g/kg)、図中の円内に竜巻がシミュレーションされている。


 スーパーセルの南端部のフック構造の部分の拡大図で、竜巻が形成されている。等値線で示した渦度が、円形に集中している。中心の渦度は0.9/s以上で、スーパーセルのメソサイクロンが0.01であるのと比べるとこの渦度は2桁近く大きい。渦度としては極めて大きな渦度となっている。降水分布から竜巻の渦はスーパーセルの南端部のフック構造の内側に形成していることがわかる。1000mのスケールと比べると、竜巻の渦の直径は300m程度であることがわかる。

図4.7図4.6の円で示した付近の拡大図。カラーレベルは雨水混合比(g/kg)で、等値線が渦度を表しており、渦度の等値線が円形に集中しているところが竜巻に対応する。このときの渦度は中心で0.9/sという非常に大きいものに達した。


 はじめに述べたように、数値モデルで竜巻と判断されるためには、速度場(渦度場)と気圧場の間に 旋衡風バランスが高い精度で成り立っている必要がある。図4.8は気圧場と渦度場を示したもので、 等値線で示した渦度の集中するところと気圧が低下しているところがほとんど完全に対応している。気圧の低下は中心で27hPaの低下がみられる。これは速度場と気圧場が旋衡風バランスにあることを示しており、モデルが竜巻をよく表していることがわかる。

図4.8:図4.7に同じ。ただしカラーレベルは高度200mの気圧で分布。


 このシミュレーションされた竜巻に伴う風速を図4.9に示す。竜巻は一般風に流されながら北向きに移動するので、竜巻に伴う風速は竜巻の移動速度と、竜巻の周辺を回転する風の和になる。図から風速は竜巻の進行方向(北向き)の右側(東側)で極めてつよく、70m/s以上に達している。一方で左側(西側)では相対的に弱いことがわかる。このような竜巻周辺の風速の非対称分布は、竜巻による被害分布を決める要因となる。延岡市の竜巻では竜巻の右側で被害が大きかったが、このシミュレーションで計算された竜巻の風速分布と符合するものである。

図4.9:竜巻付近の高度0.73kmの風速分布。等値線は渦度で竜巻を表す。


 竜巻は渦の管が上空に延びるような構造をしている。この再現された竜巻の場合は、高さとともに渦管が北に向かって傾いている構造をしていた。そこでこの竜巻について、地上の渦の中心をとる南北断面を図4.10に示す。竜巻の渦管は地上から高度2km付近にかけて竜巻の渦管がのびている。高度2km付近で弱くなりとぎれるように見えるのは、竜巻の渦度が弱まるだけではなく、この断面から渦管がはずれるからである。竜巻の渦は地上で最も強く、上空に行くほど弱くなる。この竜巻の場合は、高度3kmぐらいで渦管が不明瞭になる。

図4.10:竜巻の南北鉛直断面。カラーレベルは降水(雨、雪、あられの総和)の混合比(g/kg)、等値線は渦度で竜巻を表す。


 竜巻に伴う気圧場の鉛直断面を図4.11に示す。渦管に沿って気圧も低下する部分が地上から上空に延びていることがわかる。渦度と気圧の偏差は地上から2.5km程度の高さまでよく対応しており、旋衡風バランスがこの高度まで成り立っていることがわかる。気圧の低下は地上で最も大きく上空に行くにつれて小さくなっている。

図4.11:図4.10に同じ。ただしカラーレベルは気圧偏差。竜巻の渦管に沿って気圧が低下していることがわかる。