[Japanese]
博士論文要旨(吉村 飛鳥)

雲粒子ゾンデ観測による樹枝状結晶の全球分布特性とAI雲粒子解析

吉村 飛鳥


雲は, 微小な水滴や固体粒子から構成されており, その中で形成される降水は地球水循環における水の下向き輸送の主プロセスである. 地球上に発生する雲・降水システムの多くは, 固体粒子を経て降水をもたらすため, そのような降水は「冷たい雨」と呼ばれている. 雲を構成する固体粒子の一つである氷晶は 100 種類以上の形状に分類されていて, 大きさも多様である. 氷晶が成長してできる雪結晶,その凝集成長でできる雪片 (aggregate), および雪結晶や雪片がもとになってできる霰が主な構成粒子であり, これらは密度の違いにより落下速度が異なる. 降水形成の初期段階に影響する氷晶の形状や大きさの分布を知ることは, 降水形成過程の理解と地球水循環の定量的解明において非常に重要である. 特に雪片はその 66%が樹枝状結晶で構成されているため, 樹枝状結晶を観測し, その全球分布を得ることは降水効率を考察する上で大切な要素の一つである. 樹枝状結晶とは氷晶または雪結晶の一種であり, -12˚C から-18˚Cの過飽和度が 5%を超える領域で成長する結晶である. この温度帯は極域を除いて, 地球の全域に存在する. このため樹枝状結晶は地球上のどこにでも形成されると考えられる.

これまで, 固体粒子の直接観測には主に航空機が用いられてきた. 航空機では, 飛行高度の水平面やらせん状の飛行経路を高速で通過して観測するため,雲内の鉛直方向の密な連続観測は難しい. そこで, 本研究では接写・顕微鏡カメラを搭載した雲粒子ゾンデ (HYVIS) を, 気球を用いて雲内を鉛直方向に持ち上げて固体粒子が映る動画を直接撮影した. 近年 HYVIS の改良機種であるCloudscope が開発されていて, これは HYVIS よりも粒子の輪郭がはっきりとした画像が得られる測器である. これら二つの測器を使用してパラオ共和国 (熱帯, 以下パラオと表記) , 沖縄県与那国島 (亜熱帯, 与那国), 沖縄本島 (亜熱帯,沖縄) , 水戸市 (温帯, 水戸), 北海道陸別町 (亜寒帯, 陸別) の 5 つの地点で観測を行い, 得られた固体粒子のうち, 樹枝状結晶に着目して解析した. その結果, 陸別, 水戸では樹枝状結晶が観測されたが, 沖縄, 与那国, パラオでは観測されなかった. 先行研究の航空機による粒子観測でも, 低緯度域では樹枝状結晶は観測されておらず, この結果は, 低緯度域で樹枝状結晶が観測されないことと整合的であった.

その理由をあきらかにするため, HYVIS と同時に放球したラジオゾンデの結果をもとに CAPE, CIN, 成長温度の中央値である-15 ˚C の過飽和度, -15 ˚C 層の気圧を比較した. 過飽和度, CAPE, CIN においては観測地域による明確な違いはなく, むしろ低緯度のパラオや与那国, 沖縄の方が樹枝状結晶の成長しやすい環境であった. 先行研究による低圧下の結晶成長実験の結果, 成長温度帯が400hPa よりも高圧側にあると樹枝状結晶が成長することが示されていた.HYVIS 観測結果から, 樹枝状結晶の存在限界気圧は, -15˚C 層の気圧が, 樹枝状結晶の観測されなかった与那国の 402.6 hPa から樹枝状結晶が観測された最低圧の水戸 466.9 hPa の間にあると考えられる.

さらに JRA-55 を用いて 30 年間の-15˚C 層の平均気圧分布を作成した. この気圧分布と先行研究を含む樹枝状結晶の観測分布を比較した結果, 観測から推測された樹枝状結晶の存在限界気圧が 402.6 hPa から 466.9 hPa の間に存在していることと整合的であった.

一方, 先行研究で実施された KWAJEX のマーシャル諸島における航空機粒子観測は, 低緯度地域にも関わらず例外的に樹枝状結晶が観測されていた.KWAJEX 観測中の全てのラジオゾンデ観測を調査すると-15˚C 層の最高気圧は426.4 hPa であった. これより, 樹枝状結晶の存在限界気圧の範囲が 402.6 hPa から 426.4 hPa に狭められることが示唆された.

樹枝状結晶の存否を調べる際, HYVIS 画像の目視解析を行ったが, この方法では観測された全高度の粒子を解析するには膨大な時間がかかる. また, 粒子の判別が主観的であるという問題もある. これらの問題のため雲粒子観測における固体粒子の統計的解析は困難という大きな課題がある.

近年, AI の発達に伴い, その応用が注目されている. 本研究では, Ultralytics You Only Look Once (YOLO) を用いて解析時間の短縮とともに判別の客観性向上を図る解析システムを構築した.

HYVIS のみの粒子画像で構成された HYVIS only 教師データに雪の結晶図鑑と Cloud Particle Imager (CPI) 画像を追加した HYVIS +αの 2 種類の教師データを用いて学習を行った. HYVIS only には 2013 年にパラオで観測された熱帯積乱雲内の雲粒子すべてと, 2013 年に実施した沖縄の梅雨期の降水雲, および2011 年に実施した沖縄の台風の観測から過冷却水滴のみを使用した. HYVIS +αには, 雪の結晶図鑑から典型的な形状をした不定形粒子と凍結水滴以外の画像と先行研究で取得された CPI(Cloud Particle Imager)画像から不定形粒子と凍結水滴の画像を追加した. それぞれの教師データにおいて 100 回ずつ学習させ, 教師データと同時期にパラオで観測された画像から粒子を検出した.

その結果, 教師データの数が少ない粒子の判別精度は低いが, HYVIS + αを用いた場合, HYVIS only よりも高精度な結果が得られた. 精度の高かったYOLOv5 による解析と目視解析を比較しても顕著な違いは見られなかった. さらに, 与那国で観測された HYVIS の画像から雲粒子を検出し, 目視解析と比較した. その結果, YOLOv5 による解析結果は目視解析に比べて不定形粒子の検出が少なかったが, その他の粒子には顕著な差異は見られなかった. この結果より, 本手法は HYVIS 画像の粒子を検出・判別することに有効であるとわかった.

HYVIS から雲粒子を検出する手法を応用して, HYVIS の改良機種であるCloudscope で撮影された画像を教師データに追加して学習し, Cloudscope 画像についても有効な手法かを調査するため, Cloudscope 画像から粒子の検出を実施した. その結果, HYVIS + αで学習させた場合よりも一部の粒子を除いて精度が向上した. 精度が低下した粒子は Cloudscope と HYVIS で粒子の見え方に違いがあることが原因であると考えられる. 精度が向上しなかった粒子を除くすべての粒子の精度の平均を考慮すると, 目視と同等に検出・判別が可能なため, 本手法は HYVIS と Cloudscope 両方の解析に有用であることが示された.

検出された画像を切り出して粒子の大きさの計測を行い, 目視と自動計測との誤差を計測した. 一部の粒子を除いて ±13.8% の誤差で計測が可能であったが, 目視と同等の精度に向上させるには改良が必要である.

AI の学習, 検出・判別にかかる所要時間は, 学習が約 83 分, 検出・判別が 45 分であったことから, 画像の前処理や粒径の計測を含めても, 1 回の解析は 2 時間未満で完了可能となった. これは目視解析の時間を大幅に短縮するもので,これによって雲粒子の統計解析が可能となる.

本研究では樹枝状結晶の全球分布を示し, その原因を室内実験の結果を参照することで説明した. 樹枝状結晶の有無により, 雪片の大きさが変化するため,降水形成過程への影響が大きい. 樹枝状結晶が成長しにくい低緯度域では雪片の大きさを小さくするなど, 本研究の結果を数値モデルに適用して降水予測の向上, さらには積雪構造の違いによる雪崩災害の軽減を含む社会的な課題への貢献も期待できるものである. また, HYVIS の解析手法を効率化するため, 観測された雲粒子を AI を用いて客観的かつ高速で判別する手法を構築し, 雲粒子の統計解析を可能にした. これは, 降水形成過程を観測的観点から統計的に調査する際に高速かつ客観的に解析できる有用な方法である. また, 判別できない粒子の存在を客観的に示したことで, 粒子の客観的判別の限界を示すことに成功した.

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