研究紹介(2004年度)

台風の高解像度シミュレーション

台風は暴風雨をもたらすと同時に重要な水資源である。その強い降水は台風のど こにでもあるわけではなく、アイウォールとスパイラルレインバンドに集中して 起こっている。アイウォールとスパイラルレインバンド、さらにそれを構成する 積乱雲を解像し、かつ台風全体を雲解像モデルでシミュレーションすることは、 最近の地球シミュレータをはじめとする大規模並列計算機の発展により可能にな りつつある。ここでは雲解像モデルCReSS(Cloud Resolving Storm Simulator) を地球シミュレータ上で実行し、台風の高解像度シミュレーションの結果の例を 示す。

台風T0418は北西太平洋を北西に進み、2004年9月5日に沖縄本島を通過した。そ の中心は9月5日0930UTCに名護市にあり、中心気圧は924.4hPaであった。T0418は 強い風をもたらしたことが特徴で、日本各地に多くの強風災害をもたらした。台 風T0418のシミュレーションの主な目的は、沖縄島付近におけるアイウォールと スパイラルレインバンドを調べることと、台風にともなう強風の構造を調べるこ とである。シミュレーションは2004年9月5日0000UTCのRSMを初期値として、24時 間の実験を行なった。水平解像度5kmの実験では大きな目がみられた。その目の 中心付近には弱い降水があり、実際に観測された内側の目に相当すると考えられ る。接線風速の最大は高度1km付近の目の壁雲付近に存在した。その最大値は65 m s-1以上であった。水平解像度1kmのシミュレーションではアイウォール やスパイラルレインバンドの非常に詳細な構造が示された(図1)。この解像度で は個々の積雲対流も解像される。積乱雲はアイウォールやスパイラルレインバン ドに沿って形成された。このような高解像度の実験は台風に伴う降水システムの 詳細なデータを提供する。

台風T0423は、2004年10月19日に沖縄から奄美諸島に沿って北東に進み、10月20 日に四国に上陸した。T0418が強風で特徴づけられるのに対して、T0423は豪雨を もたらしたことが特徴であった。T0423に伴う豪雨は、台風の北東進ともに、九 州の東側で始まり、四国南部、四国東部、そして紀伊半島東部および近畿地方へ と移動した。特に近畿地方の日本海側では激しい豪雨となり、洪水被害を発生さ せた。T0423のシミュレーションの目的はこのような豪雨の形成過程を調べるこ とである。初期値は2004年10月19日1200UTCで、この時刻には台風のほとんどの 部分は計算領域の外の奄美大島の南南西にあった。T0423の移動とそれに伴う降 水はたいへんよくシミュレーションされた。シミュレーションでは台風の東側で 北向き水蒸気フラックスが大きく、それが日本の地形に到達したとき、太平洋側 では豪雨が発生した。豪雨域は台風の移動とともに九州から四国に移動した。 2004年10月20日04UTCの台風が四国に南に達したとき、近畿地方と紀伊半島東部 で豪雨が始まった(図2)。その分布は気象庁のレーダー観測とよく対応していた。 太平洋側の豪雨域は台風の移動とともに東に移動した。しかしながら、近畿地方 の豪雨は09UTCまで持続した。台風が近畿地方を東に通過した後、中国地方及び 近畿地方では北東風が非常に強化された。その結果、これらの地域の日本海側で は、地形性の降水が形成された。このように近畿地方北部では、台風の通過前の 豪雨の停滞と、吹き返しにともなう地形性降水で、総降水量が大きくなり、甚大 な被害をもたらした洪水が発生したことが示された。

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図1: 台風T0418の5km解像度の実験の2004年9月5日08UTCの結果。降雨強度 (mm hr-1; グレーレベル)と気圧(等値線)。

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図2: T0423のシミュレーション実験で得られた2004年10月20日0400UTCの降雨強 度 (mm hr-1; グレーレベル)、 高度1458mの水平速度ベクトル (矢印)、及 び気圧分布。

東シナ海上の水蒸気前線の航空機観測

東シナ海上の梅雨前線の構造について、対流圏下層に温度傾度をもつ本来の梅雨 前線の南側に水蒸気傾度をもつ「水蒸気前線」がしばしば形成されることが、最 近の数値実験を用いた研究によって示されている。東シナ海上における「水蒸気 前線」の存在を検証し、同時に梅雨前線帯付近における南北の温度傾度、水蒸気 傾度と温度、水蒸気量の鉛直プロファイルを調べるために、温湿度センサーとド ロップゾンデを搭載した航空機(Gulfstream-II)を用いた観測を行った。

2004年6月23日から27日までの5日間にわたって、鹿児島空港を拠点として観測体 制を整えた。このうちの6月27日に実施された航空機観測においては、航空機は 鹿児島空港を離陸した後、高度およそ550mで梅雨前線帯を北から南に横切りなが ら温湿度センサーを用いた連続観測を行い、その後高度12000mまで上昇し、梅雨 前線帯を南から北に横切りながら前線帯の南側、前線内部、前線帯の北側それぞ れにおいて6 個のドロップゾンデによる鉛直プロファイルの観測を行った(図3)。

図3中のNo.3とNo.4におけるドロップゾンデ観測において、対流圏全層で相対湿 度が高く、対流不安定度が小さいことから、梅雨前線帯は北緯30度から31度付近 に位置していたと考えられる。図4に高度550mにおける温湿度センサーによる連 続観測の結果を示す。顕著な気温の変化を北緯30.7度から31度付近と、北緯31.5 度付近で見出すことができる。どちらの温度変化域でも気温と露点温度の値がほ ぼ一致していることから、同領域が飽和しており、航空機は雲の中を飛行してい たと考えられる。これらの温度傾度のいずれかが梅雨前線本体に伴うものである と考えられる。一方、北緯29.6度付近では、温度傾度がほとんど無いにもかかわ らず、水蒸気量が20 g kg-1から 18 g kg-1に急激に減少している。 水蒸気が急激に減少する領域の南側における相対湿度を計算すると、その値は 80%となっており、非常に湿潤である。一方、同領域の北側では相対的に乾燥(相 対湿度は最低で70%以下にまでなる)しており、この水蒸気量が急激に減少する部 分が「水蒸気前線」を表しているものと考えられる。

これらの結果より、対流圏下層を梅雨前線と直行する方向に飛行したレベルフラ イトによって、温度傾度をもつ梅雨前線本体(北緯30.7度もしくは31.5度付近)と、 水蒸気傾度をもつ「水蒸気前線」(北緯29.6度付近)を航空機観測の結果から検出 することができた。「水蒸気前線」の南側は湿っており、北側は相対的に乾燥し ているという特徴が観測され、「水蒸気前線」の概念を支持する観測結果が得ら れた。

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図3: 梅雨前線を北から南に横切る形で対流圏下層の温湿度場の連続観測を行っ たフライトパス(実線)とドロップゾンデの投下地点(星印)を示す。対流圏下層の 連続観測は2004年6月27日の08:54〜09:56にかけて、ドロップゾンデ観測は同日 の10:23 〜12:09にかけて実施した。

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図4: 梅雨前線を北から南に横切る形で対流圏下層の温湿度場の連続観測を行っ た気温(実線)と露点温度(破線)の時系列を示す。

梅雨前線に伴う線状降水システムの構造に関する研究

梅雨前線帯の海上における境界層と降水雲の相互作用に関する研究の一環として、 2003年5月〜6月に名大地球水循環研究センターと情報通信機構沖縄情報通信研究 開発支援センターとの共同研究、及びLAPS/CREST沖縄観測研究行った。このうち、 顕著な線状降水システムが沖縄島を通過した5月25日の事例について、その構造 の変化を詳しく解析した。名護市に設置された情報通信機構のC-bandポラリメト リックレーダー(COBRA)と、勝連町に設置したX-bandドップラーレーダーのデー タを使用して、降水雲内の気流構造を詳細に解析した(図5)。

観測された線状降水システムは北東−南西方向の走向をもち、走向方向にならん だ降水セルで構成されていた。線状降水システムは、走向に直交する方向である 南東方向へ移動し、沖縄島を通過した。通過前、通過中、通過後のY軸方向(図 5)に平均した反射強度と鉛直流の鉛直断面の時間変化を図6に示す。X軸方向右 側が線状降水システムの進行方向前方にあたり、前方には層状域、その後方には 対流域がみられた。層状域は沖縄島を通過する前後でほとんど変化がみられなかっ た。一方、対流域では通過前に強い反射強度が高度3.5km付近に達したが、沖縄 島を通過する05時48分には高度2km以下になり、弱まった。

梅雨前線に伴う線状降水システムが沖縄島通過後、下層の北西風が弱まること により下層の収束が弱まり、対流雲の発達が阻止された。その後、沖縄島の地形 による影響が弱まった時刻から線状降水システムが再度強まった。このことから、 梅雨前線に伴う線状降水システムは、下層が湿潤な環境場の弱い収束域で背の低 い対流雲が形成されつづけることによって維持されるというメカニズムが明らか にされた(図7)。

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図5: 名護市に設置されたC-bandドップラーレーダー(COBRA)と、勝連町に設置 したX-bandドップラーレーダーのレーダーの観測領域を、それぞれ大円と小円で 示す。また、三次元気流構造の解析範囲を破線の円で示す。2003年5月25日03時 のレーダーエコー(陰影)と解析領域(四角領域)を示す。

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図6: 図5の四角領域についてY軸方向に平均した、反射強度(コンター)と鉛直 速度(陰影)の鉛直断面図の時間変化(2003年5月24日05時,06時,08時)を示す。 コンターは15dBZから3dBZ間隔。

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図7: 2003年5月24日に東シナ海上で発生した線状降水システムの構造と維持機 構の概念図。弱い収束域に背の低い対流雲が発達し、下層1km以下の高度の湿潤 な南西風の水蒸気を使って低い高度で急速に雲粒と雨滴が成長し、多くは雨とし て降る。層状域は線状降水域の進行方向前面に広がるが、層状域での下降流は地 表に到達せず下層の南西風は線状降水域の北西端まで常に到達することができ、 線状降水システムを長時間維持した。

梅雨期の湿潤環境場に形成される対流雲とその群の構造とメカニズム

湿潤環境場における対流雲は降水現象の要素である。特に対流雲の寿命は対流雲 群の形態や時間発展を規定するため、どのような構造やメカニズムによって長寿 命になるかを調べることは重要である。対流雲が長寿命になるには下降流による 発散流が重要な役割を果たしているため、これまでの研究では下降流を強化する 下向きの力を生じさせる蒸発冷却が着目されていた。しかし、非常に湿潤な環境 場では対流雲に取り込まれた空気に伴う蒸発は無視できるほど小さい。このよう な環境場での長時間維持される対流雲の報告はこれまでなく、またそのような対 流雲の構造や維持メカニズムを調べた研究はほとんどない。そこで、湿潤環境場 における対流雲とその群の構造とメカニズムについて、梅雨期に宮古島で行われ た観測において取得されたドップラーレーダーデータと雲解像モデルを用いて調 べた。

観測期間のうち、飽和した層が存在する非常に湿潤な環境場であった2003年6月6 日に形成した降水システムについて詳細な事例解析を行った。観測された降水シ ステムは降水セル、セル群、セル群列の3つの階層構造をしていた。セル群は、 期間の前半は2つの長寿命の降水セルによって形成され、後半は短寿命の降水セ ルが次々と入れ替わることによって形成されていた(図8)。長寿命の降水セル は非常に湿潤な環境場であったために発散流はほとんど見られなかったにもかか わらず、再発達をすることによって長時間維持されていることがわかった。この 再発達メカニズムとして、多量の雨滴が雲から脱落した結果生じる上向きの力の 強化(UNLOADING)と、取り込まれた空気がほとんど飽和していることによる効 率のよい凝結加熱による上昇流の強化の2つの作用が考えられた。

さらに、長寿命の降水セルについてこの再発達メカニズムを数値モデルを用いて 力学的に確かめた。また、環境場の相対湿度に対する感度実験も行い、環境場の 相対湿度を小さくすると凝結加熱の効果が小さくなるために再発達は起こらなく なることを示した。これらの結果より、飽和する層が存在する非常に湿潤な環境 場に形成される対流雲は、UNLOADINGと凝結加熱によって再発達をくり返し、長 時間維持されることを明らかにした(図9)。

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図8: 2つのセル群を構成する降水セルの寿命と最大反射強度。陰影の時間帯に は降水セルが存在していることを示し、その濃淡で降水セルの最大反射強度を表 す。ボックスがつながっていると、その降水セルが続いていることを表す。

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図9: 湿潤環境場において長時間維持される降水セルの維持メカニズムの概念図。

オーストラリアモンスーン期に発達するメソ対流系の潜熱加熱収支プロファイル

熱帯域のメソ対流系による潜熱加熱は、大気循環の主要な駆動エネルギーで あり、それらによる加熱プロファイルを正確に見積もる事が重要である。熱帯域 でも対流活動が活発なオーストラリア大陸北部域で、異なった季節内振動とMJ Oのフェーズ(位置関係)にあるメソ対流系の非断熱加熱と大規模環境場の相互 作用を調べるため、メソスケールモデルMM5、及び雲解像モデルCReSS(3次元、水 平格子間隔1km)を用いて、メソ対流系を構成する対流域と層状域における潜熱加 熱の収支解析を行った。

MJOの東側で、かつモンスーンブレーク期に発達した大陸起源(大陸性)のメソ対 流系と、MJOの西側で、かつモンスーンアクティブ期に発達した海洋起源(海洋性) のメソ対流系のうち、組織化して長寿命であった2つの事例を対象とした。時間 領域平均の潜熱加熱収支プロファイルを図10に示す。オーストラリア北部域が MJOの西側にある時(西側フェーズ)、対流圏下中層への非常に湿潤な西風−南 西風輸送があり、下層は大規模収束場となっており、全層で鉛直シアが大きい場 である。このフェーズでは、海洋性メソ対流系の層状域において、大陸性より大 きい対流圏中上層での氷粒子による昇華凝結加熱効果が大きいことが示された (図10b、d)。

一方、オーストラリア北部域がMJOの東側にある時(東側フェーズ)、対流圏中 層には非常に乾燥した南東風ジェットが侵入し、下層は大規模発散場で鉛直シア が大きい場である。このフェーズでは、大陸性メソ対流系の対流域で、海洋性よ り対流圏中層における厚い層で、水蒸気の凝結加熱、霰のライミングによる加熱 効果が卓越していた。対流圏下層では、雨水の蒸発冷却効果によるより大きな冷 却効果を示した(図10a、c)。層状域においても、海洋性のものよりも中層におけ る昇華蒸発冷却と下層における雨水の蒸発冷却効果が非常に大きくなっていた (図10b、d)。このことから、MJOの異なるフェーズにおける大規模場のウインド シアや湿度場とメソ対流系の加熱プロファイルの寄与率の関係が明らかにされた。

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図10: メソ対流系の対流域、層状域において、降水率で正規化した面積平均 Q1'収支の鉛直プロファイルを示す。いずれも、CReSSを用いたシミュレーション において、海洋性メソ対流系の対流域(a)、層状域(b)、大陸性メソ対流系の対流 域(c)、層状域(d)における計算開始後、3-10時間の間の7時間にわたる鉛直プロ ファイルの平均値を示している。鉛直渦フラックス収束項(vehfc)、凝結加熱項 (con)、雨水蒸発冷却項(eva)、凍結・融解項(mf)、昇華凝結・昇華蒸発項(ds)の 鉛直プロファイルの凡例を(a)の右上に示している。

色水解析を用いた中国大陸上の梅雨前線帯への水蒸気供給源の推定

梅雨前線は東アジアモンスーンの一部をなしており多量の降水をもたらすため、 梅雨前線に対する水蒸気の起源を推定することは、アジアモンスーンの理解に資 すると考えられる。このため、Yoshimura et al. (2004, JMSJ) により提唱され た色水解析(Colored Moisture Analysis: CMA)を用いて、中国大陸上の梅雨前 線帯への水蒸気の供給源の検討を行った。

色水解析とは、蒸発地域ごとに識別する「タグ(色)」を付与した水蒸気に対し て、大気水収支式を適用した全球二次元格子モデルに、気象要素(可降水量、降 水量、蒸発量、水平水蒸気フラックスの鉛直積算値)を外力として与えることに よって、水蒸気の起源を推定、視覚化する手法である。蒸発地域としてアジアモ ンスーンに関係の深い領域を中心に、全地球上を16の領域に分割し(図11)、中国 大陸上の華中平原(GAME-HUBEX観測領域)付近における可降水量の値に対する、各 蒸発地域毎の寄与率を調べた。水蒸気源の推定は、1998年の梅雨期を対象として GAME再解析を用いて行った。

図12にGAME-HUBEX観測領域(北緯33.125度、東経115.625度の格子点)における可 降水量の時間変化と各水蒸気源の寄与率を示す。この地点では6月28日(Days of Year:DoY=180)から7月3日(DoY=184)にかけて梅雨前線が南から北に向けて通過し、 7月16日(Doy=197)に再び南下する際に通過している。6月下旬に梅雨前線が同領 域を通過する以前は、同領域は梅雨前線の北側に位置しており、可降水量の値も 20 kg m-2から 40 kg m-2程度と少なかった。水蒸気源としてはユー ラシア大陸中央部や中国北部などが中心であった。一方、梅雨前線接近時(6月23 日:DoY=174)以降、可降水量が増加し、水蒸気源は劇的な変化を示している。水 蒸気源はユーラシア大陸北部から、主にアジアモンスーンの上流域(インド洋、 インドシナ半島、南シナ海)へと変わっており、これらの領域からの水蒸気が 25 kg m-2(40%) 以上を占めるようになった。この結果はこれまでの先行研究 の結果に一致しており、梅雨前線の南北で水蒸気の起源が明確に異なる事を示し ている。また、中国大陸南東部の長江や淮河流域に広く分布する水田から供給さ れると考えられる水蒸気の寄与がおよそ 10 kg m-2(15%) という大きな値 を示すことも確認された。このことから、中国大陸南東部の陸面は中国大陸上に おける梅雨前線帯への大きな水蒸気源の一つであることが示された。

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図11: 本研究における水蒸気源として考える16の領域を示す。特にアジアモン スーンに関係の深い領域を細かく分割している。

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図12: 1998年6月1日(DoY=152)から7月31日(DoY=213)の期間の、GAME-HUBEX観測 領域(北緯32.75度、東経117.625度の格子点)における、日々の可降水量の値(棒 グラフの高さ)と各水蒸気源の寄与率(棒グラフ中の濃淡)を示す。


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